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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1499号 判決

控訴人

宮代ひて

右訴訟代理人弁護士

細沼賢一

細沼早希子

被控訴人

宮代正明

右訴訟代理人弁護士

竹川東

鈴木徹

主文

一  原判決中原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第一目録記載の各土地を明渡し、かつ、昭和六一年一月二九日から右明渡しずみに至るまで一か月四万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

二  原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件に関する訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件に関する部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第一目録記載の各土地を明渡し、かつ、昭和五七年二月五日から右明渡しずみに至るまで一か月四万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  主文第二項同旨

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

控訴人の不服申立にかかる原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件についての当事者双方の主張は、次に改め又は加えるほかは、原判決事実摘示の同事件(甲事件)に関する部分と同一であるから、これをここに引用する。

一  原判決六枚目表四行目の次に、行を改め次のとおり加える。

被控訴人の本件土地の使用は、控訴人との契約に基づくものではない。すなわち、被控訴人はかつて控訴人の養女であつたことのあるとみ子の夫というだけで被控訴人と血のつながりはなく親族でもないが、本件建物を建築して控訴人と同居する時点で控訴人と被控訴人夫婦らとの間に親族に準ずる関係が成立したものとみられ、被控訴人の本件土地の使用は、右親族に準ずるような関係の存在を基礎としてそれが存続する間これを使用することができるという関係であつて、右親族関係に準ずるような関係が失われた状態になつた場合には本件土地を使用することができなくなるものというべきである。

控訴人は、昭和五一年一〇月ころから被控訴人夫婦らと同居を始めたが、朝から晩までとみ子から様々な嫌がらせを受け、そのため家にいることもままならず、同居前から勤めていた仕事をそのまま続け、我慢を重ねてきたが、食事も他の家族と差別されるなどして耐え切れなくなり、ついに昭和五六年三月被控訴人らからいびり出されて、借家に移り住むようになり、ここに控訴人と被控訴人らとの準親族関係は崩壊し、被控訴人が本件土地を使用することはできなくなつたものである。

二  同七枚目裏四行目の次に、次のとおり加える。

右のように控訴人と被控訴人との間の信頼関係及び生活共同関係は破綻しているが、その破綻の責任は専ら被控訴人側にある。被控訴人は、いつでも控訴人を迎えて扶養する用意があるかのような素振りをみせているが、円満な同居が困難であることを承知しながら立場上体裁だけの言辞を弄しているにすぎず、別居後被控訴人が控訴人を訪ねて生活費や食物を提供しようとするなどの本心から控訴人の生活を気遣うという行為は全くみられなかつた。また、控訴人も過去の実績から判断して被控訴人らとの信頼関係の回復は困難とみられるので、他人である被控訴人からの扶養を望んでいない。

三  同五行目から同八枚目表初行までを次のとおり改める。

2 仮に控訴人と被控訴人との間に本件土地について使用貸借が成立したとしても、右使用貸借は控訴人と被控訴人との間の信頼関係に基づく同居及び控訴人の扶養を継続することができなくなることを解除条件とするものであるところ、右1のとおり控訴人と被控訴人との間の信頼関係は破壊されていること、別居後は被控訴人において一切扶養の実績を示していないこと、控訴人ももはや被控訴人からの扶養を望んでいないこと及び信頼関係の破壊の責任は専ら被控訴人側にあることに照らし、右解除条件は成就し、使用貸借は消滅した。

3 仮に控訴人と被控訴人との間に本件土地について使用貸借が成立したとしても、右使用貸借の目的は「建物を所有して控訴人と同居しこれを扶養すること」であり、しかも「建物所有」の目的と「控訴人と同居しこれを扶養する」目的とは密接不可分であつて、かつ後者が主、前者が従の関係にあるところ、その主たる目的である「控訴人と同居しこれを扶養する」ことは控訴人と被控訴人との間の信頼関係が破壊されたことにより達成不能となり、ひいては全体の目的達成も不能となつたものである。したがつて、右使用貸借の目的に従つた使用収益はもはや終了したものであるから、民法五九七条二項本文により、被控訴人は、本件土地を返還する義務がある。

仮に右主張が理由がないとしても、右のように信頼関係が破壊され、生活共同関係が失われ他人である被控訴人に本件土地を無償で使用させておく理由がなくなつた場合には、民法五九七条二項但書の規定を類推して使用貸借を解約することができるものと解すべきであるところ、控訴人は、被控訴人に対し、昭和六一年一月二八日の口頭弁論期日において右使用貸借を解約する旨の意思表示をした。

4 仮に控訴人と被控訴人との間に本件土地について被控訴人が建物を所有することのみを目的とする使用貸借が成立したとしても、被控訴人は右使用貸借の要素として無償で本件土地を使用させてくれる控訴人に対し十分な扶養をする義務を負うものであるところ、被控訴人はこれを怠り、履行補助者である妻とみ子が控訴人に対し、嫌がらせ、冷たい仕打ち等をするのを放任し、これらを止めなかつた。被控訴人は右のような義務の不履行により控訴人との信頼関係を裏切つて使用貸借関係の継続を著しく困難としたものであり、このような場合には、控訴人は催告を要しないで契約を解除することができるものと解するのが相当であるところ、控訴人は、被控訴人に対し、昭五七年八月二六日の原審口頭弁論期日において右使用貸借を解除する旨の意思表示をした。

5 仮に控訴人と被控訴人との間に本件土地について使用貸借が成立したとしても、使用貸借は当事者間の特殊な信頼関係に基づく無償契約であり、その信頼関係が破綻するに至れば、その存在の基礎を失い消滅するものと解すべきであるところ、右1の事情のもとに被控訴人が使用貸借の存続を主張して本件建物の明渡しを拒絶することは、控訴人の本件土地に対する所有権の行使を事実上不能に帰させ、しかも、老齢の控訴人の生活を著しく侵害し、その生存をも脅かす状況のもとに何らの負担なく自己の生活のみを保持しようとするものであつて、権利の濫用である。

四  同八枚目裏三行目の「再抗弁2及び3の事実」を「再抗弁2ないし5の事実」に、同五行目の「原告は」を「被控訴人は」にそれぞれ改める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件の請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実は、被控訴人が融資を受ける際控訴人が承諾書を被控訴人に交付したことを除き、当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  とみ子(戸籍上控訴人の夫作平の兄粂作の六女になつているが、事実は異なり粂作、作平と血のつながりはない。)は、昭和三九年一〇月一四日、控訴人及び作平の養女となり、同月一九日被控訴人と結婚し、控訴人及び作平と同居生活をしていたが、とみ子は控訴人らと性格が合わず、一年足らずのうちに実家に帰り、被控訴人もとみ子のもとで暮らすようになつたので、昭和四〇年八月二一日、控訴人及び作平はとみ子と離縁した。

(二)  作平は昭和四一年八月二二日死亡し、その後、控訴人はその所有の本件土地上の居宅(木造スレート瓦葺平家建・床面積六六・八四平方メートル)に下宿人を置いたりして住み、約一〇年間は控訴人と被控訴人夫婦との間には特段の交渉はなかつたが、被控訴人夫婦及び控訴人の親戚から、被控訴人に対し、老齢の控訴人が一人暮らしをしているのは不都合であるから被控訴人夫婦が控訴人と同居して控訴人の面倒を見るようにとの勧めがあつたので、昭和五一年春ころ被控訴人は控訴人に対し同居して面倒を見たい旨申し出たところ、控訴人もこれを承諾した。

(三)  しかし、被控訴人夫婦には既に二人の子供がおり、控訴人所有の建物では狭いので、新たに本件土地上に被控訴人が建物を建てることになつた。その際、控訴人は、自己が独立して自由に使用することのできる部屋を確保するため控訴人所有の建物の一部を移動させて新たに建てる建物の離れとしてそこに居住することを希望したが、被控訴人がこれに反対したため、不本意ながら被控訴人の希望を受け入れて、控訴人所有の建物を全部取り壊し新たな建物を建てることに同意した。そして、昭和五一年一〇月本件建物が完成し、以後控訴人は被控訴人夫婦及びその子供達と同居し被控訴人夫婦の世話を受けることとなつた。

(四)  なお、被控訴人は、新たな建物の建築計画中に控訴人に対し間取図を示したことがあり、控訴人も新建物の概要は承知していたが、本件土地、本件建物及び第三目録の土地の位置関係は原判決別紙第一、第二図面のとおりであつて、本件建物が存在するため本件土地には東側隣地との間に幅二メートルの通路を設ける余地がなく、したがつて、控訴人所有の第三目録の土地は公道に至る幅二メートル以上の道路を有しない状態になつているが、従前控訴人所有の建物が存在した当時も、これと東側隣地との間には二メートルの余裕はなかつた。右(四)認定の事実に反する原審における控訴人本人尋問の結果は、原審における被控訴人本人尋問の結果に照らし信用することができない。

2 右認定の控訴人と被控訴人との関係及び本件建物建築の経緯に照らすと、本件建物建築のころ、控訴人と被控訴人との間に、本件土地全部について被控訴人が建物を所有して控訴人と同居し控訴人を扶養することを目的とする期間の定めのない使用貸借が成立したものと認めるのが相当である。

しかしながら、右認定の事実によつては、控訴人と被控訴人との間に本件土地について地上権若しくは賃借権の設定契約が成立し又は建物所有のみを目的とする使用貸借が成立したことを認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、右認定の使用貸借が被控訴人が控訴人を扶養しないことを解除条件として成立したものと認めることもできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三そこで、更に、右認定の使用貸借の成立に対応する再抗弁3について判断する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件建物が完成した後、控訴人は、自己独自の生活空間を確保することができるよう二階北側の部屋を自己の居室とすることを希望したが、被控訴人は控訴人が老齢で二階の昇降に不安があることを考慮して一階南側の日当りのよい六畳の部屋を居室とするよう勧めたので、これを受け入れた。しかし、とみ子は、これが気に入らずまたもともと控訴人と性格が合わないこともあつて、朝起きると右六畳の部屋と隣室の八畳の部屋との境の襖を開け放して控訴人が一人で右部屋に居ずらいようにしたり、控訴人が玄関から出入するのを妨げて勝手口から出入するように仕向けたり、控訴人の食事について他の家族と差別しあるいは控訴人の弁当のおかずを作らなかつたり、控訴人が風呂から上るのを待ちかねたようにして風呂場の掃除を始める等、日常の控訴人に対する世話、平素の控訴人との対応等について控訴人に対する思いやりや暖かい配慮を欠いた意地の悪い態度をとり続けた。被控訴人は、当初はとみ子の態度をたしなめたり、控訴人ととみ子との関係が円満に運ぶよう気を使つたりしていたが、次第に被控訴人の手が及ばなくなり成り行きに任せるようになつて行つた。

(二)  控訴人は、とみ子の右のような態度に対し我慢を重ねていたが、昭和五六年一〇月とみ子との同居に耐えきれず本件建物を出て近所(歩いて五分位離れた場所)に間借をし被控訴人夫婦と別居し一人で暮すようになつた。

被控訴人夫婦は、右別居後被控訴人が一、二回郵便物を控訴人のもとに届けたことがあるだけで、控訴人のもとを訪れ様子を見ることもしていないし、控訴人に対し食物、物品、金員等を提供するなどの扶養の手段をとつたこともない。控訴人は、僅かな年金しか収入がなく、昭和五七年一〇月からは生活保護を受けるようになつた。もつとも、被控訴人は世間体をはばかつて親戚を頼んで控訴人に本件建物に戻り一緒に生活するよう説得してもらつたこともあつたが、控訴人は従来のとみ子の態度に照らし同人との関係が改善される見込がないとしてこれに応ぜず、控訴人としては、被控訴人に対してはとみ子に対するほどは悪感情を抱いていないもののとみ子の態度を押えられなかつたことに不満をもつており、再び被控訴人夫婦と同居しその世話を受けることは全く考えていない。

右認定に反する原審における被控訴人本人尋問の結果は、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に照らし信用することができない。

2  控訴人と被控訴人との間に本件土地全部について被控訴人が建物を所有して控訴人と同居し控訴人を扶養することを目的とする期間の定めのない使用貸借が成立したことは前記のとおりであり、前記二の認定の事実に照らし右使用貸借は通常の賃貸借以上に控訴人と被控訴人との間の信頼関係が維持されることを基礎として成立したものと解されるところであるが、右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人との間の信頼関係は被控訴人の履行補助者であるとみ子と控訴人との間の不和により全く破綻しその修復は困難な状態にあり、これに伴い右使用貸借の目的である控訴人と同居しその扶養をすることもその達成ができない状態になつているものというべきであつて(被控訴人は、原審における本人尋問において控訴人と同居しない場合でも相応の扶養の手段を講ずる意思のある旨供述しているが、別居後の被控訴人の態度に照らし、その真意は疑わしい。)、その原因は被控訴人の履行補助者であるとみ子の控訴人に対する態度に起因するものというべきであるから、このような場合には、使用貸借の目的に従つた使用収益が終了したものとして直ちに民法五九七条二項本文の規定による返還義務が生ずるものとはいえないとしても、控訴人は、同条二項ただし書の規定の類推適用により、被控訴人に対し、使用貸借を解約することができるものというべきである。

3  控訴人が当審の昭和六一年一月二八日の口頭弁論期日において被控訴人に対し使用貸借を解約する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。

4  したがつて、控訴人と被控訴人との間の使用貸借は、右解約により消滅したものというべきである。

四被控訴人は、控訴人の本件建物収去本件土地明渡しの請求は権利濫用であると主張するが、前記三認定の事実に照らして控訴人の右請求が権利濫用であるということはできないし、他に被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

五〈証拠〉によれば、本件土地の昭和五八年一二月当時の更地の価額は坪当たり三〇万円程度であると認められ、その全体の価額は一七七三万円程度であることに照らすと、本件土地の賃料相当額は少なくとも一か月四万四〇〇〇円を下ることはないものと認められる。

六そうすると、原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件の控訴人の被控訴人に対する請求は本件建物を収去して本件土地を明渡しを求めかつ右解約の意思表示をした日の翌日である昭和六一年一月二九日から右明渡しずみに至るまで一か月四万四〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める限度で理由がありこれを認定すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、右と異なる原判決の原審昭和五七年(ワ)第四〇号事件に関する部分は失当であつて右部分に関する本件控訴は理由があるから、原判決中右部分を変更することとし、右部分に関する訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条ただし書の各規定を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官越山安久 裁判官村上敬一)

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